日経アーキテクチュアーの最新号(1/14号)に「岐路に立つ村野建築を追う」という特集がありました。
建築家の村野藤吾さんってご存知ですか?
今の若い方はあまり知らないかもしれませんが、私たちの世代より上の方には非常になじみの深い建築家だと思います。
私も学生時代から村野さんの建築が好きで、よく見学に出かけました。
中でも思い出深い村野さんの作品にプランタン(喫茶店)があります。
建築家の太田隆信さんを真似したわけではありませんが、私の彼女が名古屋から遊びに来た時の待ち合わせ場所はいつもプランタンの戎橋店でした。
その後、プランタンの戎橋店が閉店してしまったため、プランタンの心斎橋店に待ち合わせ場所を変えましたが、その心斎橋店も2003年に閉店してしまったことが記事に載っていました。
村野藤吾という建築家は、東京の建築家である丹下健三さんと何かと比較されますが、官庁仕事が多かった丹下さんに比べて圧倒的に民間の仕事が多く「民間の村野」とも称されていました。
民間建築の宿命ですが、時代に合わないと判断されればどれだけ優れた建築であっても取り壊されてしまうのはいたしかたありません。
村野さんもそのことは百も承知だったと思いますが、村野ファンの私にとってはいささか寂しい思いがするのも事実です。
そんな村野建築を取り巻く厳しい時代の流れに対し、市民からの働きかけによって残されることになった建築も多くあるようです。
「華麗なる一族」の舞台にもなった「志摩観光ホテル」なども利用者の思い入れ深い意見を尊重して、一部を保存、再利用するようですし、宇部市民会館(渡辺翁記念会館)や山口銀行宇部支店(旧宇部銀行)なども市民の声を反映して保存が決まったそうです。
村野藤吾(1891-1984)
建築家
東の丹下、西の村野と呼ばれた関西建築界の大御所。
現代数奇屋の名人としても知られ「吉田五十八」「堀口捨己」「谷口吉郎」とならんで名前が挙げられます。
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